No.064 都道府県名の語源

日本には47都道府県が存在します。今回は都道府県の語源を調べてみました。
語源には諸説存在します。今回はそんななかでも一部の説を紹介します。

北海道
北海道はその昔、「蝦夷(えぞ・えみし)」と呼ばれていたのは有名な話です。歴史の授業でも出てきます。
アイヌ語で「人間」という意味の「enju」「emchiu」が「えぞ」「えみし」の語源です。
「蝦夷」という漢字は、アイヌ民族がエビ(蝦)のようにヒゲが長く、夷(未開の異民族)だったことからあてられました。
伊勢国(現:三重県)の探検家の松浦武四郎が1868年7月、開拓史となった。
彼の仕事は蝦夷の道名を選ぶことでした。
彼は1869年7月17日、6つの候補を「蝦夷地道名之儀勘弁申上候書付」を政府に提出しました。
候補は、日高見道、北加伊道、海北道、海島道、東北道、千島道。全て地理や歴史に基づいてつけられました。
北加伊道」は、アイヌ民族が自分たちの住んでいる土地を「kay」と呼んでいて、そして北に位置することから名付けられました。
1869815日に太政官布告第七三四「蝦夷地自今北海道ト被称十一箇国ニ分割国名郡名別紙之通被仰出候事」により、
政府が「北加伊道」を「東海道」などに倣い、「北海道」と決めました。

青森県
1624年、津軽藩2代藩主信牧公の家臣森山弥七郎が、米や木材を江戸に輸送するために、
「善知鳥村」に青々とした松林があったことから、そこを「青森村」と改称して、「青森港」を開いたのが最初。

岩手県
鬼の手形』と呼ばれる話があります。(なんとなく昔話口調で語ってみます)

むかしむかし、それはそれはおっかない鬼がおったそうじゃ。
その鬼は羅刹と呼ばれ、里を荒らしまわり、里の人々は困り果てたそうじゃ。
そこで里の人々は三ツ石の神に鬼退治を頼んだそうじゃ。
三ツ石の神は鬼を捕らえたが、鬼は命だけは助けて欲しいと願ったそうじゃ。
鬼はもう二度と悪さはしないと神に誓い、三ツ石に約束の手形を押したそうじゃ。
喜んだ人々は三ツ石のまわりで踊ったそうじゃ。
そうして、里の人々は一生幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

その三ツ石は、岩手山が噴火した時、飛んできた石です。
現在の盛岡市寺町通り裏の三ツ石神社に実際に存在します。本当に手形のようなくぼみがあります。
三ツ石神社は南部藩の祖光行をまつり、盛岡城(不来方城)を守護した神社です。
また、三ツ石のまわりでの踊りは今もなお「さんさ踊り」として続けられているようです。
盛岡市は「不来方(こずかた)」とも呼ばれています。これは鬼が二度とこないという意味があるようです。

さて、もう岩手の語源はおわかりでしょうけど。
鬼は岩に約束の手形を押した→岩に手形→岩手

もう一説の語源は、岩手県にある岩手山(南部富士)という有名な成層火山です。
三ツ石もこの山から飛んできたものです。火山の噴火により多数の岩が飛んできたのです。
火山からたくさんの岩が飛んできた→岩が出てきた→岩出(いわで)→岩手(いわて)

秋田県
日本最古の歴史本『日本書紀』658年4月の条に、秋田の地名が「齶田(あぎた)」と出てきます。
7世紀の中ごろ阿部比羅夫が180艘の水軍を率いてやってきた頃のことです。
そして、659年5月の条では「齶田」は「飽田」に書きかえられています。
「飽田」は、低湿地を意味する悪土などからきた悪田から生まれた地名とも言われています。
奈良時代には、「秋田」と書かれるようになりました。

宮城県
新井白石の説によると、「宮」はこの土地に古くからある塩釜神社のことで、
「ギ」は接尾語で深い意味はないが、それに後から漢字で「城」の字を当てはめた。

もう一説は奈良時代に、この地に国府が置かれ、
朝廷の出先機関であることから「宮宅(みやけ)」と呼ばれるようになりました。
それが「みやぎ」と訛り、現在の漢字が当てられるようになった。

山形県
日本最古の漢和辞典『和名抄』に、最上郡八カ郷の1つとして、「山方郷」と記されたのが最初。
瀧山から流れる水で、山のふもとであるこの地は潤っていました。
山の彼方(かなた)にあったことから「山方郷」と呼ばれたのです。そして、いつしか「山形」になった。

福島県
この地は泥が深く水害の多い低湿地帯だった。
「深し」に接尾語「ま」がついた「深しま」が「福島」の語源。
福島城は阿武隈川と須川の合流点にあって水害が多い土地だった。
福島城があった土地には、今は福島県庁が建っている。

東京都
1868年9月、「江戸の名を東京に改める」という詔が出された。
京都は依然として京(みやこ)だが、新たに江戸も京になった。京都の東にあるので東京になった。

埼玉県
701年の大宝律令により、多摩に国府が置かれていた。
この地は多摩より奥にあったことから、「前多摩(さきたま)」と呼ばれるようになり、
それが訛って「さいたま」になった。
また、幸福をもたらす神の働きを意味する幸魂(さきたま)が由来とも言われる。

神奈川県
かつて、東海道神奈川本宿があるところに小川が流れていました。
水源が不明だったことから、「上無川(かみなしかわ)」と呼ばれていました。
水源が不明なのは、水量がものすごく少なかったからです。
その後、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東方に行く際、
彼の持っていた草薙剣(くさなぎのつるぎ)が金色に光ったので「金川(かながわ)」と改めました。
そして、鎌倉時代、源頼朝が金川を見て、言いました。
神大いに示すの地、よって神大いに示すと書き、字を神奈川となすべし。
源頼朝が神奈川にしました。

栃木県
かつてこの地に「トチノキ」がたくさん生えていて、
人々はその実を食べて生活していたため。

茨城県
元々は「茨木」と書かれていた。「イバラ(茨)」が多く生えていたから。
昔、先住民討伐の際に茨を使ったこともあると言われる。

群馬県
古代の豪族「車持君(くるまもちのきみ)」が住んでいたことから。
飛鳥藤原京出土の木簡には「上毛野国車評」と書かれています。
当時、この地は上毛野国(こうずけのくに)の車評でした。(もちろん「車」は「車持君」が由来)
のちに、「評」は「郡」に変わりました。
713年、地名を二文字で表わすこちになったので、上毛野国は上野国に改称され、
車郡は群馬(くるま)郡に改称されました。
「群馬」の字があてられたのは、この地が馬の産地だったことから。
明治時代に「くるま」から「ぐんま」に確定しました。

千葉県
「茅(チガヤ)」が多い土地だったので、「茅生(ちぶ)」と呼ばれていました。
それが訛って「ちば」になった。
ちなみに茅は縄の原料などに使われる植物です。

新潟県
信濃川と阿賀野川の河口の中州にできた内湾を「潟」と呼びました。
この周辺に村が発達したので、「新しい潟」と言う意味で、「新潟」という名前になりました。

富山県
この地は呉羽丘陵の外山(とやま)です。(外山とは人里に近い山のこと)
そして、外山が富山になりました。

石川県
この地はよく手取川の氾濫の被害を受けていました。
その川は小石が多い川でした。そして、小石川と呼ばれ、石川になった。

長野県
広い原野」という意味から、長野になった。

福井県
この地はもともと「北の庄」と呼ばれていた。(「庄」は「荘園」「いなか」の意)
北の庄に入国した松平氏が「北」は、「敗北」の「北」だと嫌い、
縁起のよい名前として「福居」に改名した。そして、江戸時代に現在の「福井」になった。

岐阜県
織田信長が、「岐」とは深く入り込むと言う意味、「阜」とは岡を意味しているということで、
谷間に深く入り込んだ丘陵地帯」のことを示す言葉として考案したものです。
そして、信長は早速その地名を使って、「岐阜城」を築城しました。
稲葉山が険しい山だということから、険しいという意味の「きぶし」が語源だという説もあります。

静岡県
賤機山(しずはたやま)が由来。賤機とは古代の麻織物のこと。
かつて機織りを職業とした人がこの地に多くいたためこの地名になった。
静岡になる以前は、「府中」だったが「不忠」に通じるとされて改称された。

愛知県
昔は「あゆち」と呼ばれていた。「あゆ」とは「湧く」という意味。
湧き水が豊富な土地だったから、この地名がついた。

山梨県
岸壁や山裾を「那智(なち)」と言います。
そして山が多いことから、「山那智」と呼ばれました。それが「山梨」に転じました。
決して、山が無いわけではありません。

三重県
「古事記」で日本武尊が東征の際、
この地で「足が三重に曲がるほど疲れる」と言ったそうです。
そこから「三重」という地名ができました。

滋賀県
琵琶湖沿岸に低湿地があることから、「砂洲、低湿地」を意味する古語「スカ」が由来。

大阪府
現在の大阪市内中央部を南北に伸びているがあります。
そこから、上町台地頂上付近に「小坂」という地名がつけられました。
蓮如が小坂に石山本願寺を建立した際、大きくなるようにと地名を「大坂」に改称。
江戸時代後半、商業の町「大坂」が不景気になってきました。
大坂の「坂」と言う字は「土に還る(=消滅)」と言う意味があるからだとされました。
そして、「大阪」に改称されました。

京都府
京は「住みやすい丘」と言う意味、のちに「君主などの居城がある土地」という意味になった。
都は「人が多く集まる場所」という意味。つまり「君主などの居城がある人が多く集まる場所」。

兵庫県
飛鳥時代、この地に武器庫がありました。
武器は「つわもの(兵)」ともいいます。だから、武器庫は「つわものぐら(兵庫)」といいます。
今は武器庫はありませんが、「兵庫」という地名は残ってます。

奈良県
朝鮮語で「国の都」という意味の「クニナラ」が語源。
710年、この地に唐の長安に倣った平城京がつくられました。
そのとき、「クニナラ」という朝鮮語も一緒に入ってきたとされている。

ならした(=平らにする)土地、または植物の(なら)がに由来。

和歌山県
和歌には「海岸沿いにできた新しい村」という意味があった。
そして、「和歌の浦」という村が誕生し、それがこの地域すべてを言うようになったのが初め。
また、紀ノ川の河口の地形から「岡山」と呼ばれていたが、訛って「和歌山」になったという説もある。

鳥取県
この地は水鳥が多く集まることで有名で、
鳥を捕獲することを仕事としていた朝廷の鳥取部(とっとりべ)という役職の人が住んでいました。
鳥取部の住居のまわりを鳥取造(とっとりのみやこ)と呼んでいたことに由来する。

島根県
「島」に接尾語「ね」がついたもの。
島は海に点在するものだが、海岸のこの地域のことも意味するようになったという説がある。
また、昔、「シマ」や「ネ」という言葉は岩礁を意味していたため、
島根半島の岩礁が語源になったのではないかという説もある。

岡山県
旭川が運んできた土砂が海を埋めて、できた岡(小高い山)があったことが語源。
「岡」は、「ヲ(峰)カ(処)」が語源とされている。

広島県
この地は太田川の三角州に位置することから、「広い島」という意味でこの地名になった。
もう一つ面白い説がある。戦国時代、毛利輝元が太田川の河口に城を築いたとき、
毛利氏の祖先である大江元と、城地を選ぶのに協力してくれた豪族の福元長の名から、
城の名前を「広島城」としたことで、地名まで広島になったと言う説です。

山口県
阿武郡の奥山へ入る地域のことを、「山への入り口」という意味で「山口」と呼んでいた。
それがこの辺り全域を呼ぶ地名になった。

徳島県
吉野川の河口近くには多くの三角州があり、「福」や「徳」など縁起のよい地名がつけられていた。
その一つの「徳島」にちなんで、1585年に蜂須賀家政が「徳島城」を築き、それが地名になった。

香川県
このあたりは水不足に悩まされていました。だから、香川用水やため池などが作られました。
水不足によくなるので、「枯川(かれかわ)」と呼ばれていたのが、「かがわ」に転じた。

愛媛県
四国の古称は「伊予二名島(いよふたなのしま)」でした。
この地域は伊予二名島の代表的な国だったので、
伊予二名島の長女と言う意味の「兄媛(えひめ)」と名付けられ、
古事記の時代には「愛比売(えひめ)」と呼ばれ、のちに「愛媛」になった。

高知県
山内一豊が鏡川と江の口川の間の島に「河中山城(こうちやまじょう)」を築いた。
そして、「河中」がこの地域の地名になったとされている。
だが、鏡川と江の口川は氾濫が多いので、住民が「河」の字を嫌い、「高智」に改めた。
そして、のちに「高知」に改められた。

福岡県
黒田長政がこの地に城を築いた時、
黒田氏の発祥の地である備前国(岡山県)の「福岡」にちなんで「福岡城」と命名した。
そして、それが地名になった。
岡山県は岡が多く、縁起のいい「福」という字が使われ、「福岡」という岡ができた。
現在も「(岡山県の)福岡」は「岡山県邑久郡長船町福岡」に残っている。

佐賀県
大昔、この地の中心部に大きなクスノキが生えていました。
そのクスノキを見た日本武尊(やまとたけるのみこと)が、
この木の茂り栄えている姿に感動して「この国を栄の国と命名せよ」と指示した。
そして、「栄(さかえ)」という地名がつけられ、のちに「佐賀」になった。
また、滋賀と同じで「砂洲、低湿地」を意味する古語「スカ」が由来だという説もある。

長崎県
長崎県は日本一海岸線が長い県です。だから「長い崎」が語源です。
その長い崎というのは、現在の長崎半島です。

熊本県
「クマ」は大昔の言葉で「崖下」と言う意味で、
「モト」は古語で「湿地」を意味する「ムタ」が元だといわれています。
つまり、「崖下の湿地」という意味の「クマムタ」が由来です。
また、高句麗(コマ)からの渡来人が本拠地(モト)としていた地だから、
「コマモト」が由来だという説もあります。

大分県
古くは「大段(おおきた)」と呼ばれていた。
「キタ」は刻むと言う意味の「段(きだ)」のこと。
この地が山や川によって大きく刻まれた地形だったことに由来している。
それが、刻むという意味の「分」がのちにつけられたため、
「大分(おおいた)」という特別な読みになった。

宮崎県
神社(宮)がある突き出た台地(崎)というのが由来。

鹿児島県
この地に鹿の子ども(鹿児)が多く住んでいて、
それの御猟場(皇室の狩猟の場所)だったことが由来。

沖縄県
沖(オキ)で魚(ナ)をとる場(ハ)だということが由来。
また、沖(オキ)にある島(ナハ)だということが由来とも言われる。
那覇は島(ナハ)だと考えられている。

さて、やっと1道1都2府43県の語源の紹介が終わりました。
語源調査はインターネット調査でわからないところは、図書館での文献調査などもしたので、
作成に非常に時間がかかりました。

最後に、都道府県名の語源を簡単にまとめて、表にしてみました。

北海道 東海道などを真似して北海道。
青森 青々とした森があったから。
岩手 鬼が岩に手形をつけた伝説から。
  火山から岩が出たから。岩出→岩手。
秋田 低湿地を意味する「飽田」から。
宮城 朝廷の出先機関「宮宅(みやけ)」があったから。
山形 山の彼方(かなた)にある「山方郷」から。
福島 水害が多いことから「深しま」と呼ばれたのが由来。
東京 京都の東にあることから。
埼玉 多摩より奥にあったことから「前多摩(さきたま)」と呼ばれたのが由来。
  幸福をもたらす神の働きを意味する「幸魂(さきたま)」から。
神奈川 水源不明なので「上無川(かみなしかわ)」。
→日本武尊(やまとたけるのみこと)の剣が金色に光ったので「金川(かながわ)」。
→源頼朝が「神大いに示す川」と言い、「神奈川」。
栃木 トチノキ(栃木)が多かったから。
茨城 イバラ(茨)が多かったから。
群馬 車持君(くるまもちのきみ)が住んでいたことから「車(くるま)」
→馬の産地だったことから「群馬(くるま)」
千葉 チガヤ(茅)が多かったから「茅生(ちぶ)」と呼ばれたのが由来。
新潟 新しい潟から。
富山 外山(人里に近い山)から。
石川 小石が多い川があったから。
長野 広い原野という意味。
福井 福が居るという意味の「福居」から。
岐阜 谷間に深く入り込んだ丘陵地帯という意味。
静岡 古代の麻織物「賤機(しずはた)」が由来。
愛知 湧き水が豊富な土地という意味。
山梨 山が多い那智(なち、岸壁や山裾)という意味の「山那智」が由来。
三重 日本武尊が、この地で「足が三重に曲がるほど疲れる」といったことに由来。
滋賀 「砂洲、低湿地」を意味する古語「スカ」が由来。
大阪 坂があったから「小坂」 →大きく栄えるように「大坂」
京都 君主などの居城がある人が多く集まる場所という意味。
兵庫 武器庫があったことから。
奈良 ならした土地が由来。
  楢の木に由来。
和歌山 海岸沿いにできた新しい村という意味。
鳥取 鳥を捕る鳥取部(とっとりべ)が住んでる地域を鳥取造(とっとりのみやこ)と呼んだから。
島根 海にある「島」がこの地の海岸一帯を意味し、さらに接尾語「ね」をつけた。
  「シマ」も「ネ」も岩礁の意味。
岡山 岡があるから。
広島 この地は三角州の上にあり、「広い島」という意味でこの地名になった。
  毛利輝元が築城の際、毛利氏の祖・大江広元と、城地選定の協力者・福島元長の名から一字ずつ取った。
山口 山への入り口という意味。
徳島 縁起がいい「徳」という字が使われた「徳島」という吉野川の三角州から。
香川 枯渇が多いため、枯川(かれかわ)と呼ばれたから。
愛媛 伊予二名島(四国)の代表的な国だったので、長女と言う意味で「兄媛(えひめ)」と名付けられた。
高知 鏡川と江の口川の間に「河中山城(こうちやまじょう)」が築城されたことから。
福岡 備前国の「福岡」という岡から。
佐賀 「砂洲、低湿地」を意味する古語「スカ」が由来。
長崎 長い崎があるから。
熊本 「崖下の湿地」という意味の「クマムタ」から。
  高句麗(コマ)からの渡来人が本拠地(モト)としていた地だから、「コマモト」が由来。
大分 山や川によって大きく刻まれた地形なので、「大段(おおきた)」と呼ばれたのが由来。
宮崎

神社(宮)がある突き出た台地(崎)というのが由来。

鹿児島

鹿の子ども(鹿児)が多く住んでいて、それの御猟場(皇室の狩猟の場所)だったことが由来。

沖縄

沖(オキ)で魚(ナ)をとる場(ハ)だということが由来。

  沖(オキ)にある島(ナハ)だということが由来。

since 2004/9/7
2006/6/15 大和たけるさんの指摘により、奈良県の語源を訂正。

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