No.074 金にする手とロバの耳
多くの絵本を読んだ幼い頃。
日本の昔話、 グリム童話、アンデルセン童話、
そしてイソップ童話。
イソップ童話といえば、古代ギリシャの作家アイソポス(紀元前620-紀元前560頃)が残した童話です。
一般に作者は、イソップとして知られますが、これはアイソポスを英語読みしたものです。
「歴史の父」とも呼ばれるヘロドトス(紀元前485年頃-紀元前420年頃)が、
ペルシャ戦争後に著した『歴史(Historiai)』(全9巻)という書物があります。
これは、ヨーロッパ最古の歴史書であり、
「historiai」というのは、古代ギリシャ語で「調べて分かったこと」という意味の「historia」の複数形です。
これが後に英語の「history」(歴史)の語源になったわけです。
ちなみに、第2巻には、「エジプトはナイルのたまもの」というヘロドトスの有名な名言も記されています。
さて、『歴史』の第2巻に以下のような記述が存在します。
ギリシア人の中には、このピラミッドが遊女ロドピスの作ったものであるというものがあるが、誤った説である。 ロドピスというのは、右に述べた諸王よりも遙かに後の人物で、生まれはトラキア人で、 ヘパイストポリスの子イアドモンというサモス人に仕えた奴隷女で、 かの寓話作家アイソポスとは朋輩の奴隷であった。 アイソポスがイアドモンの奴隷であったことは確かで、それには次のような有力な証拠もある。 すなわちデルポイ人が神託に基づきアイソポス殺害の補償金の受取人を求めて、 幾度も触れを廻した時、出頭したのはこのイアドモンの孫で同名のイアドモンただ独りで、他には誰も現れず、 このイアドモンが補償金を受け取ったというわけで、アイソポスは確かにイアドモンの奴隷であったのである。 ロドピスはクサンテスなるサモス人に伴われてエジプトへ来ると、媚びを売って生業を立てていたが、 ミュティレネ人のカラクソスなる者に大金をもって身請けされた。 カラクソスはスカマンドロニュモスの子で、かの詩人サッポーの兄である。 |
これは、アイソポスが実在の人物であったことを証明する記述であり、彼についての最初の記述でもあります。
また、ここからアイソポスが寓話作家であり、(イアドモンの)奴隷であったこともわかります。
しかし、イソップ童話は、全てがアイソポスの創作というわけではありません。
以前から伝えられていた話や、後から創作された話、アイソポスの出身地の民話なども多数、
イソップ童話として伝えられています。
イソップ童話には、日本でも広く知られている有名なものも多く存在します。
以下に、イソップ童話の有名な作品を並べてみました。
『北風と太陽』
北風と太陽が力比べをすることになった。旅人の服を先に脱がせたほうが勝ちである。
北風は服を吹き飛ばそうとしたが、できなかった。太陽は暑さを増して、旅人は自分から服を脱いだ。
そうして、太陽は勝ったのだった。
教訓「何事も力づくで済まそうとしてはならない」
ちなみに、韓国の対北朝鮮政策がこの童話によく例えられます。
対立するよりも援助・交流を深めることで将来の南北統一を図ろうとする政策で、太陽政策と呼ばれます。
『ウサギとカメ』
ウサギに歩みののろさを馬鹿にされたカメは、ウサギにかけっこ勝負を挑んだ。
ウサギは、どんどんカメの先を行き、とうとうカメは見えなくなった。
余裕をかましてウサギが居眠りをしている間に、カメはゴールしていたのだった。
教訓「努力は継続すれば、才能がない人が才能がある人に勝る」
ちなみに、かけっこの場所を山のふもとまでと決めて、スタートの合図も担当したのは、キツネ。
2003年11月26日放送のフジテレビ系列「トリビアの泉」の検証実験によると、
ウサギとカメがかけっこをした距離は、280.33m未満。
この話には、つづきがあります。
ウサギは村に戻ったら、カメに負けたというみっともなさから村八分にされた。
ある日、オオカミがやってきて、村を襲われたくなかったら、
明朝までに子ウサギを3羽、丘の頂上に連れて来いと言ってきた。
長老と相談したが、いい案が出てこない。
すると、かけっこに負けたウサギが「自分が行く」と言い出した。
明朝、丘の上で待っていたオオカミにウサギは言った。
「あと2匹のウサギは、オオカミを恐れている。後ろを向いていてほしい。」と。
オオカミが後ろを向いた瞬間、ウサギは体当たりをして、
自分もろとも谷底に突き落とした。しかし、ウサギだけは途中の木にひっかかり、助かった。
村に戻ったウサギは、英雄としてたたえられた。
正しくは「あと2匹のウサギ」ではなく、「あと2羽のウサギ」。
しかし、最近は小動物を数える単位「匹」を用いるのが一般化しています。
獣肉を食べられない僧侶が、ウサギは大きく長い耳が鳥の羽に見えるから鳥だと主張して食べたため、
鳥を数える単位「羽」が用いられるようになったというのが有力な説。
『セミとアリたち』(アリとキリギリス)
夏の間、セミは歌を歌っていましたが、アリはせっせと食料をためていました。
冬になり、セミはアリに食料を分けてもらおうとしましたが、
アリは「どうして夏の間にためておかなかったのだ。
夏の間に歌っていたなら、冬は踊っていたらいいね。」とせせら笑いました。
教訓「働かざるもの食うべからず」「備えあれば憂いなし」
ちなみに、ヨーロッパではセミのいない地域が多く、「アリとキリギリス」に改編されて、これが日本で広まっています。
『すっぱいブドウ』
木の高いところになっているブドウをとろうとしたキツネは、
どうしてもとれないので、「あのブドウはすっぱい」と自分に言い聞かせました。
すっぱいブドウを英語で「sour grapes」というが、負け惜しみのことも英語で「sour grapes」という。
『木こりとヘルメス』(金の斧、銀の斧)
木こりが仕事中にうっかり手を滑らせて、大切な斧を川に落としてしまった。
「斧がないと仕事ができない」と嘆いていたら、ヘルメスがやってきて、
川に入り、まず金の斧を拾ってきて、これがお前のものかと問うと、
木こりは違うと答えた。次に銀の斧を拾ったが、これも違うという。
最後に鉄の斧を拾うと、それが自分のものだというので、
ヘルメスは正直者の木こりに金、銀、鉄の3種類の斧を与えた。
その話を聞いた仲間の木こりは、真似をして、わざと斧を川に落とした。
すると、ヘルメスが現れ、川に入り、金の斧を拾ってきた。
欲張りな木こりは、それが自分のだと嘘をついてしまい、
ヘルメスは、その木こりの鉄の斧すら与えなかった。
教訓「正直者には福来る」「欲張りはかえって損をする」
日本で語られている「金の斧、銀の斧」は地方によってさまざまだが、イソップ物語と大きく違う点は、
池ではなく川だという点、女神ではなく青年神ヘルメスである点など。
ちなみに、「ドラえもん」てんとう虫コミックス36巻の『きこりの泉』の回では、
ジャイアンが泉に落ちて、女神ロボットが「きれいなジャイアン」を持って登場している。
『三本の矢』
農夫の息子たちが喧嘩ばかりしていた。
農夫は、息子たちに束の棒を渡し、折ってみろと言った。しかし、いくら力を入れても折れない。
今度は、棒を一本ずつにして渡した。息子たちは簡単に折った。そして、農夫は
「お前たちも心を一つにしている限り、敵も手が出せまい。
しかし、内輪もめをしていると、容易に敵の手に落ちる。」と息子たちに言った。
教訓「一致団結するほど強くなる」
これは、毛利元就が三人の息子を諭す話として有名ですが、紀元前に作られたイソップ童話の1つでもあります。
それどころか、この話は中国の「魏書」にも出てきています。
この話は世界中のさまざまなところで存在し、どれが起源かは明確ではありません。
ちなみに、「サンフレッチェ広島」というプロサッカーチームがあるが、
「サンフレッチェ」の、「サン」とは日本語の「3」、「フレッチェ」とはイタリア語で「矢」を意味する「frecce」に由来する。
もちろん、毛利元就の故事『三本の矢』にちなんでいる。
他にも、『犬と肉』 『鳥の王様選び』『ヘラクレスとアテナ』『狼少年』など、たくさんのイソップ童話があります。
そんな中、『王様の耳はロバの耳』と『触れると黄金になる話』について、
より深く触れてみたいと思います。
まずは、それぞれがどんな話なのか、簡単に紹介します。
『王様の耳はロバの耳』 ※日本では、井戸ではなく、地面に穴を掘って、その穴に声を吹き込んだら、 のちにその穴から葦(あし)が生えてきて、風でそよぐたびに「王様の耳はロバの耳」と聞こえてきて、 あっという間に皆に王様の秘密が知られてしまったというほうが有名。 |
『触れると黄金になる話』 |
前者は有名な童話ですが、後者はあまり知られていません。
しかし、前者と後者には意外なつながりがあるのです。
この二つの童話に出てくる王様は同一人物で、ミダス王という王様なんです。
これらの話は、ミダス王についてのギリシャ神話がもとになっているのです。
では、そのギリシャ神話を簡単に紹介します。
ミダス王の葡萄畑に、ディオニュソス(豊穣・葡萄酒・狂乱の神)の育ての親であるサチュロス(野山の神)が、 「自分が触ると、どんな物でも黄金に変わる力が欲しい。」とミダス王は言った。 その願いは叶い、ミダス王が触るとどんな物も黄金に変わった。 明朝、ミダス王はディオニュソスのところに行き、黄金に変える力を取り消して欲しいと言った。 のちにミダス王は、パン(牧羊の神)と友達になった。 アポロンとパンが演奏をし、審判のトモロス(山の神)はアポロンの勝利を言い渡した。 それからというもの、ミダス王はロバの耳が隠れるぐらいの帽子をいつもかぶっていた。 「王様の耳はロバの耳!ミダス王の耳はロバの耳!」 と言いました。その声は井戸の中を通り、町中の井戸から出てきた。 |
ミダス王は、紀元前10世紀、現在のトルコ共和国にあったフリギアという国の王様です。
父はゴルディオス王、母はキュベレ(大地の女神)です。
彼が、何でも黄金にする力を消すために入ったパクトロス川は、現在のギリシャに実在します。
しかも、パクトロス川は砂金の産出地となっているんです。(これもミダス王の何でも黄金にする力!?)
金を作り出したいというミダス王の願い、今で言うところの「錬金術」です。
昔の人々が研究し続けた錬金術。なんと現代の化学の力を駆使すれば可能なんです。
原子番号80番の水銀(Hg)にガンマ波(γ波)を照射することで、
原子番号79番の金(Au)にすることは可能。
しかし、長い年月がかかるし、得られる金の時価より多くの資金がかかるので、
この方法で金を生成するメリットはありません。
ちなみに、ミダス王と仲良くなった牧羊の神・パンですが、
彼は、上半身が人間、下半身はヤギの姿をしていて、頭にはヤギの角が生えています。
パンは昼寝好きでしたが、昼寝中に誰かが物音を立てたり、笛を吹いたりして安眠妨害すると、
機嫌がとても悪くなり、山々に響く大きなうなり声をあげ、羊は狂乱して大騒ぎが起きたとのことです。
パンのうねり声により、羊は狂乱して大騒ぎを起こした・・・・パニックを起こした。
そう、「パニック」(panic)という言葉は、牧羊神「パン」(Pan)に由来しているんです。
パンが吹いていた楽器「シュリンクス」ですが、
「シュリンクス」というのは、パンが恋したニンフ(下級女神)の名前です。
しかし、シュリンクスは女神アルテミスに純潔を誓っていたので、パンの求婚を受け入れられず、
葦(アシ)に姿を変えてしまいました。 パンはこの葦を用いて、笛を作り、「シュリンクス」と名づけて愛用しました。
この楽器は、現在では「パンフルート」や「パンパイプ」と呼ばれています。
日本では「葦笛(あしぶえ)」といわれています。
王様の耳をロバの耳に変えたアポロンは「太陽神」、それに対してルナという「月の女神」が存在します。
これに由来しているのが、月面探査を目的とした米国の「アポロ計画」とソ連の「ルナ計画」です。
ちなみに、「アポロ計画」は有人探査、「ルナ計画」は無人探査を前提とした計画です。
最後に、イソップの名言を1つ。
───────友を陥れる人は、往々にして自らを破滅に追いやるのだ。
イソップ
since 2005/7/31
この見聞録は、タンタル氏が一言雑学集のために投稿してくださった『 「王様の耳はロバの耳」の王様と
「触れるものをすべて金にかえてほしい」といった王様は同一人物』が元ネタです。ありがとうございます。